彼女は、大人でも声をあげて泣くということがあるのだということを初めて知った。
早期退職を申し出たことで、病院に行けとか、カウンセリングを受けろとか色々言われているのだが、「希望の勤務先があるのであれば調整すをる。」と言われたのには驚いた。
彼女のなかでは、もはや転勤すれば良いとかそういうレベルではないのだが、いったん持ち帰りとさせてもらった。
改めて自分の希望について考えてみたのだが、ない。
昔なら、やりたいことや行きたい部署があったのかもしれないが、もう忘れてしまった。希望しても意味がないのだし、何かを期待するなんてしないほうがいいのだ。
言われるがままに転勤して、行った先で波風をたてないように過ごせば良い。どうせ一年後には転勤なのかもしれないのだ。だから地元の人にも、その場所にも愛着を持たないようにして生きてきた。
それでも「前回の職場は良かったなあ」、と彼女は思った。
仕事自体はどこにいてもそんなに変わりはないけれど、仲の良い友人もいたし、気楽に話せる先輩も後輩もたくさんいたし、書店もあったし、美味しいパン屋や素敵なカフェもたくさんあった。広々とした公園もあって週末はお散歩もできたし、なにより晴れた日には家から富士山が見えた。少しだけど。
楽しかったことが次から次へと思い出され、気がつけば彼女は声をあげて泣いていた。本当は転勤なんてしたくなかったのに!
転勤の話を受けたときに、こんな風に泣きながら「絶対に嫌です!」と言っていたら転勤しなくてもすんだのだろうか。転勤しなければ、ここまで心身がボロボロになることもなかったのだろうか。
彼女は、やっと自分がいかにこき使われてきたのかを理解した。今回の急な転勤も、何人もに断られたあげく回ってきたのだろう。なぜなら彼女は断らないからである。
彼女は、早期退職することに対する申し訳なさが急速に薄れていくのを感じた。
【アドバイス】
昔は転勤を断るという選択肢がなかったですものね。人事に聞いたのですが、最近は「自分が嫌だから」という理由で断る人がいるらしいですよ。全員が断ったら人事が回らないだろうと思いますが、もしかしたら転勤制度を見直す時期に来ているのかもしれません。自分の感情に気がつくのは良いことです。「こうあるべき」はいったん忘れて、ご自身が本当はどう思うか考えてみてください。今日はお疲れでしょうから、早く帰ってゆっくり休んでくださいね。